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ニャーばあちゃん日記
孫三人と猫のルイとの日々
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kanijun

Author:kanijun
愛知県豊田市在住。
人生の夕方を迎えたオバサン。
迷い込んできた♂猫のルイと
離れて暮す孫達との交流。 
晴耕雨読,手仕事の日々。  

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北海道
昨夜半から  なのでコンちゃんは来ないだろうと 朝ゆっくり
雨戸あけたら いました。  珍しいね~



コンちゃんを見送る ルイ。

IMG_2597.jpg


舞台が 北海道へ移ってから 朝ドラ「マッサン」を見るようになりました。
私にとって 奄美大島以南と北海道は 何か特別な感情が働きます・・・
両方共、ツアー旅行すると ガイドさん達は休む間もなく お話が一杯
過去 それだけの苦労があった、今もあるという事ですね

北海道の三石歌笛に親戚が、 網走にもつながりのある話、 浜中町には知人が。

歌笛のお宅の先々代のおばあさんと 私の舅の母親が姉妹・・・なんて遠い親戚
けれど未だ交流があるのですよ~
そこのお宅の娘さんのお一人は石川県から わざわざ夫のお葬式に来て下さり
昔、貧しい山村に生まれた長男以外は 生きる糧を求めて 色々な海を渡ったのでしょう。
懐かしいらしくて 孟宗竹の竹の子を送っては、 秋には鮭を頂く 「エビ鯛」を長年。
しかし、 お互いの家で 不幸が重なり ちょっと休憩ってところ。

私の母からみて 父方の伯父さんの奥さんは網走から 婆やさん付きでお嫁に。
中国で一緒に生死をさまよった戦友が 「是非、ボクの妹を嫁に貰って欲しい」って。
いざ、嫁に来てみたら イメージと全然違う家で (笑)  さぞ驚かれた事でしょう。 
網走には金鉱山があったんですね~ そこのお嬢様。
ウソみたいな話ですが 網走刑務所の罪人を働かせてたそうです。
お祖父さんのお葬式の時、お二人共 元気で の話を当人達から聞きました。

浜中町に 昆布をお安く分けて下さる方があって 長くお付き合いが続きました。
でも、ある時 奥様が 若~い消防士さんと駆け落ちされて
ご主人が物凄く気落ちされて・・・ どうして? 羨ましい程、カッコイイご主人なのに。
冬になると その辺りの男の方々は 雪のない所へ半年間 出稼ぎに。
その間、 嫁として母として家を守るのですが、 色々な事が起きるものですね。
いつか浜中町で あの有名な「生ガキ」をお腹一杯 食べてみたい

寝酒として少しのむ 「竹鶴」をみながら、 夫が生前に 
「リタイアしたら 夏は歌笛の牧草地の片隅にキャンピングカーを置かせて貰い、
冬は名瀬の薬局の駐車場に停めさせて貰う」って計画を 思い出しています。
早くにサッサと逝ってしまい 最近 遺影に向かって 文句タラタラの私
良きにつけ 悪しきにつけ 一人で受けとめるって大変なんだよォ~   


 
 
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コメント
こちらは雪
コンちゃん、元気になってよかったですね。

佐渡金山も水汲みのため囚人労働を使っていましたね。北海道も明治中期まで利用していました。「鎖塚」で検索かけてみてください。池澤夏樹さんの小説「静かな大地」で表現された世界と合わせて北海道開発の一端を知ることができます。
浜中、一度泊まったことがあります。11月初旬、もちろん「生ガキ」大変おいしくいただきました。このときは初冬の道東を旅館も予約せずにレンタカーで回りました。3時ごろついた街で宿を探しながら。オフシーズンでしたから、宿はすいていましたね。
[2015/01/31 08:51] URL | 山ん山 #VnYYDiAU [ 編集 ]

網走刑務所
ここの囚人って 一番の重罪人って先入観が強くって。
その人達を、鉱夫としてやトロッコの線路を作らせるなんてe-350
きっと凄い状況だったんだろうと思う。
先日も 明治維新後の伊達藩の移住・開拓・農業の番組を見たけれど
やっぱり最後は精神力と教養なのかな~
私は牡蠣フライより生ガキの方が 断然好き。 行きたいナァ
[2015/01/31 15:12] URL | カニジュン #- [ 編集 ]


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